Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

わがあいするしじんのでんき(さん)

わが愛する詩人の伝記(三)

室生 犀星

Lisez わが愛する詩人の伝記(三) (わがあいするしじんのでんき(さん)) de 室生 犀星 (むろうさいせい) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 11 406 caractères · 22 écrans

Aozora Bunko

を創刊、同年五月に第二号を発刊して廃めた。これには萩原が拾円出資、当時、詩人の間で詩の機関雑誌を出すことが、文学地盤の確立の上からも流行していた。

大正五年(一九一六)三十一歳、山村暮鳥、多田不二、竹村俊郎、恩地孝四郎と私などで、詩の雑誌『感情』を創刊、この表題は萩原が付け、三十何冊か発行された。私が、これの編集に当り同人は五円あて金を出し合った。

大正七年(一九一八)三十三歳

第一夫人稲子さんと結婚した。稲子さんは加賀藩の図書掛長の娘。長女葉子さん、明子さん生る。十三年上京、一家は大井町の郊外のような処に住み、私は暑い日に草の丈の高い野っ原の中に、かれの家を見つけた。夫人稲子と二人の娘との生活費は、その当時の金で父君密蔵さんから毎月七十円宛送られていることを萩原から直接私は聞いた。書留郵便だと金がかかるといい、前橋では振替口座に加入していた。

大正十四年(一九二五)四十歳

私が田端にいたので、田端の入口の藍染川近くのお稲荷さんわきに住んだ。私は彼を誘うてやはり酒を飲んだ。十五年に鎌倉材木座に移ったが間もなく大森馬込町に転居した。此処で彼は第一夫人稲子さんと十四年の夫婦生活を断った。