Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

まんようしゅうか

万葉秀歌

斎藤 茂吉

Lisez 万葉秀歌 (まんようしゅうか) de 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 213 820 caractères · 427 écrans

Aozora Bunko

○

恋ひ死なば恋ひも死ねとや我妹子が吾家の門を過ぎて行くらむ 〔巻十一・二四〇一〕 柿本人麿歌集

同上、人麿歌集出。一首の意は、恋死をするなら、勝手にせよというつもりで、あの恋しい女はおれの家の門を素通りして行くのだろう、というのである。こういうのも恋の一心情で、それを自然に誰の心にも這入って行けるように歌うのが民謡の一特徴であるが、鋭敏に心の働いたところがあるので、共鳴する可能性も多いのである。「恋ひ死なば恋も死ねとや玉桙の道ゆく人にことも告げなく」(巻十一・二三七〇)、「恋ひ死なば恋も死ねとや霍公鳥もの念ふ時に来鳴き響むる」(巻十五・三七八〇)等のあるのは、やはり模倣だとおもうが、こう比較してみると、人麿歌集のこの歌の方が旨い。

○

恋ふること慰めかねて出で行けば山も川をも知らず来にけり 〔巻十一・二四一四〕 柿本人麿歌集

同上、人麿歌集出。一首の意は、この恋の切ない思を慰めかね、遣りかねて出でて来たから、山をも川をも夢中で来てしまった、というのである。「いで行けば」といったり、「来にけり」と云ったりして、調和しないようだが、そういう巧緻でないようなところがあっても、真率な心があらわれ、自分の心をかえりみるような態度で、「来にけり」