Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
そうせきしとわたし
回想 子規・漱石
高浜 虚子
Lisez 回想 子規・漱石 (そうせきしとわたし) de 高浜 虚子 (たかはまきょし) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 115 187 caractères · 231 écrans
今朝は珍らしく納豆売りが来たので邸内の人はあちらからもこちらからも納豆を買うて居る声が聞える。余もそれを食いたいというのではないが少し買わせた。虚子と共に須磨に居た朝の事を話しながら外を眺めて居ると、たまに露でも落ちたかと思ふように、糸瓜の葉が一枚二枚だけひらひらと動く。その度に秋の涼しさは膚に浸む様に思うて何ともいえぬよい心持であった。何だか苦痛極って暫く病気を感じないようなのも不思議に思われたので、文章に書いて見たくなって余は口で綴る。虚子に頼んでそれを記してもろうた。筆記し了えた処へ母が来て、ソップは来て居るのぞなというた。
もう自分の命が旦夕に迫っているのに奨励のために納豆を買わせるなどは居士の面目を発揮したものである。この文中に「須磨に居た朝の事を話す」とあるのは、独りこの日ばかりでなく、談話の材料に窮した時は余はいつも須磨を話題に選んだものであった。前にも書いたことがあるように須磨の静養は居士の生涯に於ける最も快適な一時期であったので、如何に機嫌の悪い時でも、どうかして話の蔓をたどってそれを須磨にさえ持って行けば、大概居士の機嫌は直おったのであった。