Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
おうしゅうにおけるみたちふじわらし
奥州における御館藤原氏
喜田 貞吉
Lisez 奥州における御館藤原氏 (おうしゅうにおけるみたちふじわらし) de 喜田 貞吉 (きたさだきち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 17 211 caractères · 34 écrans
縦不レ及二定仰之数一、何無レ所レ増。又基衡必阿‐二媚奥竈一、運二不増之籌一。願君勿二和親一矣。成佐白、少不レ増レ之、二子求二小利一不レ顧。君若従二其言一、必有二後悔一焉。余従二成隆・俊通之諫一。果如二其言一。成佐所レ言雖レ巧、慮不レ及二二子一。
成佐は基衡を匈奴といっている。いかに東奥の夷狄とはいいながら、かなり馬鹿にしたものではないか。基衡の妻は安倍宗任の女で、毛越寺の境内に観自在王院を建立した。四壁に洛陽霊地の名所を図絵し銀をもって仏壇を作り、高欄は磨金なりとある。また小阿弥陀堂を建て、障子色紙形に参議藤原教長の染筆を請うたともある。
基衡の子秀衡は父に襲いでさらに成金振りを発揮した。彼は無量光院を建立して、院内の荘厳ことごとく宇治平等院を摸したとある。その他、東大寺大仏殿再興の時のごときも、彼は実に第一番に勧進に応じたものであった。『吾妻鏡』にも、秀衡父の譲りを得て、絶を継ぎ廃を興し、将軍の宣旨を被りて以降、官禄父祖に越え、栄耀子弟に及ぶとある。清衡・基衡・秀衡三代間約百年、造立するところの堂塔幾千万宇ということを知らずともある。当時奥州平泉の文化は、実に京都につぐほどの勢いであったに相違ない。