Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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こうし

孔子

和辻 哲郎

Lisez 孔子 (こうし) de 和辻 哲郎 (わつじてつろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 74 301 caractères · 148 écrans

Aozora Bunko

三 『論語』の原典批判

さて孟子の孔子に関する記述さえも以上のごとく顕著に孟子の見地からせられたものであるならば、それより後に(おそらく漢代に)成立したろうと思われる『礼記』や『左伝』の孔子に関する記録についてはもはや言うを要しないであろう。孔子の伝記について信憑すべき材料は『論語』のほかにはないのである。では『論語』は確実な史実を伝えていると考えてよいであろうか。我々は節を改めて『論語』を考察してみなくてはならぬ。

三 『論語』の原典批判

我々は孔子の伝記を追究して結局『論語』にまで到達した。これで問題が解決したと考えられる人もあるであろうが、実は正反対である。古来『論語』ほどはなはだしく読み方の違っている本もなければ、また現在『論語』ほど原典批判の振るわない聖典もない。一例をあげると、述而篇に、

子曰加我数年五十以学易可以無大過矣

という章がある。これは通例、

子曰く、我に数年を加え、五十にしてもって易を学ばしめば、もって大過なかるべし。

と読まれている。ところでこの「五十にして」の意義が解する人によって一様でない。五十歳になってから易を学ぶのだという人もあれば、年少の時から易を学んでいるが五十歳までも学ぶのであると主張する人もある。