Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
せいかつといちまいのしゅうきょう
生活と一枚の宗教
倉田 百三
Lisez 生活と一枚の宗教 (せいかつといちまいのしゅうきょう) de 倉田 百三 (くらたひゃくぞう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 69 276 caractères · 137 écrans
実相の諦観
その人が自分をほんとうに反省した、南無阿弥陀仏という気持になっているときに、はじめてその人のいうことや、その人の考えていることが我田引水でなく、ほんとうの同情に値する。そこまで達しないで不足を申しましても、それはただ一人がっての苦痛でありまして、労働争議などの場合でも、争議団と資本家と、両方にたくさん悪いことがありますが、それが宗教的反省にまで達していないならば、その反省というものは我田引水である。
実相の諦観
話がたいへん横にそれますが、たとえば搾取、被搾取というような関係でも、これは普通では搾取者が悪くて、被搾取者が善いというふうに考えられている。それもなるほど、たしかにある一つの考え方でありまして、たしかに一つの搾取があるときにそういう形になっております。しかしながらそれもよくよく反省してまいりますというと、搾取、被搾取という関係はむしろ棒押しのような関係であると思います。棒押しというものはこっちが押すと向こうも押している。実際に現われている形はどうなっているかと申しますと、弱いものは押されております。強いほうが押しております。片方からいえば片方は押しているということになりますが、それがはたして棒押しというものでありましょうか、棒押しの実相というものはそうではない。