Classiques japonais avec furigana
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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
Lisez 私本太平記 (しほんたいへいき) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 126 598 caractères · 254 écrans
そして、なにか一筆、染めてくれんか」
「めっそうもない」
扇折りの女房は、まだ若かった。僧侶とみて、恥じらい顔に。
「なかなか、おん僧などへ、お目に入れられる筆ではございませぬ。おゆるしなされませ」
「どうして」
と、意地わるく、
「さいぜんから見ていたが、一人の客へは、普門品の一句へ、紅筆で蓮華散らしを描いて与え、老婆の客へは、空也和讃の一章を、葦手書きにしてやったではないか」
「ま……」
いよいよ、顔あからめて。
「素扇では売れませぬまま、人のすすめで、里人のなぐさみばかりに、恥を鬻いでいるだけでございまする」
「わしとて、里法師じゃがな。ま、そういわずと」
「困りまする」
「わしとて困る」
「ホ、ホ、ホ、ホ」
ついに、笑いこぼすと、
「はははは」
法師も胸を反らしたが、また言い出した。
「では、こうしよう。わしも書く。そなたも書く。恥のかき競べ。取り換えッことしようではないか」
ぜひなげに、彼女もつい筆を持った。扇を片手に、さて何をと、ふと思案顔に落ちるのを、法師は、じっと見すましている。
やがて、女房は筆をおいて、面伏せに、旅法師の手へ、まだ乾かぬ墨のあとを、そっと捧げた。