Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

はんにゃしんぎょうこうぎ

般若心経講義

高神 覚昇

Lisez 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) de 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 106 121 caractères · 213 écrans

Aozora Bunko

です。ギリシア語のアントローポスにしたところで、梵語のマヌシャにしたところで、それはいずれも人間という事ですが、その意味は「考えるもの」ということです。思い、考えるものが人間です。この意味において、あのパスカルが「人間は考える蘆」だといったことばは、非常に面白い、いや、趣があると存じます。全く人間は、あの水際に生えている蘆のように弱いものです。肉体はわずか一滴の水、一発の弾丸にでも、容易に斃れる、きわめてか弱いものです。しかしたとい、全世界が武装してかかっても、人間の中から「考える」という心を奪う事はできないのです。「人間は考える蘆」とは味わうべき、意味ふかい語であります。よく考えるか、悪く考えるか、シッカリよく考えるか、よい加減に考えるか、はともかく、人間である以上、それはなにか、それはどういうわけで、それはどうして、などと考えることはむしろ当然です。ではいったいこの般若の四句の呪文は、どんな意味をもった言葉かと申しまするに、最前も申し上げたごとく、これは梵語の音をそのまま写したものです。原語でいうと「ガテイ、ガテイ、パーラガテイ、パーラサンガテイ、ボージ、スバーハー」