Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
われはうたえども やぶれかぶれ
蜜のあわれ・われはうたえども やぶれかぶれ
室生 犀星
Lisez 蜜のあわれ・われはうたえども やぶれかぶれ (われはうたえども やぶれかぶれ) de 室生 犀星 (むろうさいせい) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 45 726 caractères · 90 écrans
私は医師と看護婦の靴音をかぞえ、ひっそりした中にある包みきれない物音を胸に算えた。今朝、眼がさめると、私はすぐ窓から駐車場と、自家用車の数と、例のさん然たる車が其処にないことをみとめた。四二二号患者はついに二年間病院前の広場に駐車させていたが、乗車はしないで死去したのであった。この老人の附添看護婦にキノシタさんという人がいるらしく、急きこんだ語調で何時もキノシタさんと呼ぶ声は必ず二た声続いて起り、そして後は静眠を得るらしく静かになっていた。キノシタさんは私にはしだいに美人になって見えたくらいだ。顔も見ない人の声ばかりになじみを感じていることは、大抵、その顔つきがそこらの老人にありがちな容子を見せてくるからである。八十八歳であっても生きねばならないことに変りはなかろう、五十歳六十歳の小僧っ子から見たら、それだけ永く生きていたら沢山だというかも知れないが、八十八歳の人はまだまだ生きなければ損だと真面目に考えているのだ。生きることに限度はない、永く生きることは予測することの出来ない慾のふかさとも言えるだろう。
どんなせき込んだ苦しい咳をしているあいだでも、隙を見てほんの二三服の喫煙を私は敢行していた。