Classici giapponesi con furigana
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
Leggi 古句を観る (こくをみる) di 柴田 宵曲 (しばたしょうきょく) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 166.028 caratteri · 333 schermate
其角のそれにしても、「木瓜の陰に貌たぐひすむ」蕪村のそれにしても、胸裏に浮べやすいにかかわらず、雉子の声になると、直に連想に訴えにくいのである。勿論これはわれわれの見聞の狭い結果に過ぎぬ、柳田国男氏に従えば、雉子の声を聴くには東京がかえって適していたということで、「春の末に代官町の兵営の前を竹橋へ通ると、右手の吹上の禁苑の中から、いつでも雉子の声が聞えていた」というし、「駒込でも岩崎の持地がまだ住宅地に切売されぬ前には、盛んに雉子が遊んでいた」という。東京にいても耳にする機会はいくらもあったらしいのである。
けれどもこの「萱の中」の句は、われわれが読んでも雉子の声が身に親しく感ぜられる。萱との距離が遠くなさそうに思われるのも、畢竟雉子の声の親しさによるのであろう。その点は
雉子啼や菜を引跡のあたりより 鞭石
という句もそうである。畑に来て何かを求食りつつある雉子の声は、前の句より更に人に近い親しさを持っている。尤もこの「引跡」という言葉は、文字通りに現在菜を引きつつある、その近くまで雉子が来て啼くものと考えなくても差支ない。菜を引いた跡の畑に来て啼くということでよかろうと思う。