Classici giapponesi con furigana
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わたしはかいぎはだ
平凡・私は懐疑派だ
二葉亭 四迷
Leggi 平凡・私は懐疑派だ (わたしはかいぎはだ) di 二葉亭 四迷 (ふたばていしめい) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 19.626 caratteri · 41 schermate
況や家道は日に傾いて、心細い位置に落ちてゆく。老人共は始終愁眉を開いた例が無い。其他種々の苦痛がある。苦痛と云うのは畢竟金のない事だ。冗い様だが金が欲しい。併し金を取るとすれば例の不徳をやらなければならん。やった所で、どうせ足りッこは無い。
ジレンマ! ジレンマ! こいつでまた幾ら苦められたか知れん。これが人生観についての苦悶を呼起した大動機になってるんだ。即ちこんな苦痛の中に住んでて、人生はどうなるだろう、人生の目的は何だろうなぞという問題に、思想上から自然に走ってゆく。実に苦しい。従ってゆっくりと其問題を研究する余裕がなく、ただ断腸の思ばかりしていた。腹に拠る所がない、ただ苦痛を免れん為の人生問題研究であるのだ。だから隙があって道楽に人生を研究するんでなくて、苦悶しながら遣っていたんだ。私が盛に哲学書を猟ったのも此時で、基督教を覘き、仏典を調べ、神学までも手を出したのも、また此時だ。
全く厭世と極って了えば寧そ楽だろうが、其時は矛盾だったから苦しんだ。世の中が何となく面白くない。と云った所で、捨てる訳にはゆかん。何となく懐しい所もある。理論から云っても、人生は生活の価値あるものやら、無いものやら解らん。