Classici giapponesi con furigana
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おやはながめてかんがえている
親は眺めて考えている
金森 徳次郎
Leggi 親は眺めて考えている (おやはながめてかんがえている) di 金森 徳次郎 (かなもりとくじろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 14.403 caratteri · 29 schermate
九百匁の肉塊が、次第に増量して行くことは世のつねであるが、ただ違ったのは、私がいつも在宅であることである。従前の子供は、日中は私が外出しているので、大体人まかせ、子供をしみじみ抱いたことも稀であった。今度ははじめて抱いた。抱いて散歩した。これをあやすなどという、世の常の親のように器用なまねは出来ぬが、とにかく腕の上にのせて散歩した。
私は、極端な閑人であった。法律の本なんか見る興味は、全然ない。植木いじりか、子供いじりか、碁いじりである。そこでだらしのない和服で、閑父、閑児を携えて近所をうろつくのである。乱臣賊子の新聞事件によって、近所の人は観念的には私を知っている。それが、閑児を携えて動くのである。しみじみと私を眺めて、ノンキな父さんだなと思ったに相違ない。
家の前は坂である。坂を下り切ったところに、お煎餅屋がある。その店に二台ばかり、お菓子の自働販売器があった。
それは一銭銅貨を穴へ入れて、金具をパチンとはじくと、キャラメルが一つ出てくるような道具である。時には、いくらかよいものが出てくる。近時盛んなパチンコの、五世も前の先祖のようなものである。