Classici giapponesi con furigana
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
Leggi 下谷叢話 (したやそうわ) di 永井 荷風 (ながいかふう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 122.971 caratteri · 246 schermate
これに依って弘庵は家に還ることを得たが牢内の湿気に冒されて水腫を患い、七月十三日二度目の呼出を受けた時には、駕籠に乗り肩衣をその上に掛けて行った。これは歩行することのできない病人が尋問を受ける時の礼儀だということである。十月二十七日最終の申渡のあった時には病も既に癒えていた。弘庵の罪状は紀伊家の用達世古格太郎に書面を送り水戸家に下賜せられた攘夷の勅諚は偽書であるが如き風説をなして人心を騒し、かつまた、評定所の尋問に対して前後相違の申開をなしたのは儒を業とし人の師となる者の為すべき所でないというにあった。中追放の申渡が済むや否や、同心が縁側から弘庵を突落したので、弘庵は脚を挫いた。以上は坂田篁蔭の『野辺の夕露』に記載せられた文の大意である。弘庵は下谷長者町の家を追われて行徳に移居し、文久二年壬戌十月そのまさに死せんとする頃赦されて江戸に還った。
下田奉行手附大沼又三郎もまたこの疑獄に連坐して押込五十日の申渡を受けた。それは十月七日で、頼三樹三郎、橋本左内らの死刑を宣告せられた日である。又三郎の罪状は詳でない。わたくしは『水戸藩史料』、『嘉永明治年間録』