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Classici giapponesi con furigana

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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

Leggi 下谷叢話 (したやそうわ) di 永井 荷風 (ながいかふう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 122.971 caratteri · 246 schermate

Aozora Bunko

「清風館集。是日会者空空、白藤、南畝諸子凡七人。」〔清風館ノ集ヒ。是ノ日会スル者ハ空空、白藤、南畝ノ諸子凡ソ七人ナリ。〕と題する絶句がある。

空空は田安家の近習番後に御広敷御用人となった児玉喜太郎である。心越禅師の伝えた七絃琴の名手であったという。白藤は鈴木氏、名は成恭、通称は岩次郎。文化九年十一月より文政四年まで書物奉行を勤めた。白藤が大田南畝と友として善かったことは南畝が随筆『一話一言』に散見している。

斎藤拙堂がその壮時に竹渓を知っていたのは古賀精里を介してのことであろう。拙堂は精里とその男※(「にんべん+同」、第3水準1-14-23)庵とについて業を受けたが故である。天保のはじめ竹渓の遺子枕山がその集『枕山集』の序を拙堂に請うた時、拙堂は「昌卿ノ考竹渓先生ハ幕府ニ仕フ。余カツテコレヲ識レリ。奇歴落号シテ奇士ト為ス。昌卿ハケダシコレニ肖タリ。先生ハ博学ニシテ詩ヲ善クス。好ンデ辺事ヲ研覈シ以テ世用ヲ希ヒシガソノ才ヲ畢ラズシテ没セリ。」となした。この序に由って観るに竹渓は慷慨の士であった。平生天下有用の人物たらんことを欲していたが、志を得る機会なく碌々たる小吏を以て身を終った。