Classici giapponesi con furigana
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
Leggi 古句を観る (こくをみる) di 柴田 宵曲 (しばたしょうきょく) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 166.028 caratteri · 333 schermate
自ら満足したような気分が窺われる。この場合「一人居る」者はどこまでも作者自身――即ちこの句における主人公で、他人が坐っているのを傍観したのでは面白くない。
子規鯉の子うみにのぼる時 水颯
この句におけるほととぎすは、現在啼いているものと見ないでもよろしい。ほととぎすの啼く頃という、漠然たる季節の感じである。ほととぎすがしばしば啼き渡る頃になると、水中の鯉も子を産むために上って行く、という事実を叙したのであろう。一句に纏められて見ると、そこに自然な面白味が感ぜられる。
蘇東坡の詩に「竹外ノ桃花三両枝。春江水暖ナルハ鴨先ズ知ル。嵩満チテレ岸ニ蘆芽短シ。正ニ是レ河豚ノ欲スルノレ上ラント時」というのがあった。季節による魚族の動きは、江辺垂釣の客の関心事であるばかりではない。自然を愛する詩人に取ってもまた好個の題目でなければならぬ。さすがに俳人は伝統的なほととぎす以外に、こういう消息を解している。
五月雨や夕日しばらく雲のやれ 魯九
長い五月雨の間の或状態を句にしたのである。来る日も来る日も五月雨で、鬱陶しい限りではあるが、朝から晩まで全く降り通すわけではない。