Classici giapponesi con furigana
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『わがはいはねこである』じょうへん
吾輩は猫である
Leggi 吾輩は猫である (『わがはいはねこである』じょうへん) di Natsume Sōseki (夏目 漱石) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 322.123 caratteri · 643 schermate
……」
「これはきびしい。探偵もそうまともにくると可愛いところがある」
「おれが探偵」
「探偵でないから、正直でいいと云うのだよ。喧嘩はおやめおやめ。さあ。その大議論のあとを拝聴しよう」
「今の人の自覚心と云うのは自己と他人の間に截然たる利害の鴻溝があると云う事を知り過ぎていると云う事だ。そうしてこの自覚心なるものは文明が進むにしたがって一日一日と鋭敏になって行くから、しまいには一挙手一投足も自然天然とは出来ないようになる。ヘンレーと云う人がスチーヴンソンを評して彼は鏡のかかった部屋に入って、鏡の前を通る毎に自己の影を写して見なければ気が済まぬほど瞬時も自己を忘るる事の出来ない人だと評したのは、よく今日の趨勢を言いあらわしている。寝てもおれ、覚めてもおれ、このおれが至るところにつけまつわっているから、人間の行為言動が人工的にコセつくばかり、自分で窮屈になるばかり、世の中が苦しくなるばかり、ちょうど見合をする若い男女の心持ちで朝から晩までくらさなければならない。悠々とか従容とか云う字は劃があって意味のない言葉になってしまう。この点において今代の人は探偵的である。