Classici giapponesi con furigana
ja-reading.com
Leggi i classici giapponesi online con furigana. Filtra per livello JLPT, tocca una parola per il significato e traduci una frase.
しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
Leggi 新潮記 (しんちょうき) di 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 155.541 caratteri · 305 schermate
柿崎兵馬は十歳のときから宇和島の明倫館にはいって学んでいた。宇和島は吉田の本藩に当る。ときの藩主伊達宗城は英俊の人で、明倫館には京学派、敬義派のほか水戸の学統をうけた金子魚州を入れ、隠然として尊王精神の培養につとめるかの観があった。……こうして兵馬は、当時の青年の多くがそうであるように、尊王の志士たらんとする情熱を植えつけられた。すると弘化四年、宇和島へ多田慎之助という剣法修業の浪士が来た。浜松の浪人だと名乗っていたが、実は水戸藩士、菊池為三郎だったのである。
為三郎はしゅくん斉昭が幕府から隠居を命ぜられた(甲辰の事)とき、その雪寃のために奔走して幕府に追われ、伊達宗城の庇護をうけて宇和島に匿れたものであった。……兵馬はこの菊池為三郎の知遇を得て、攘夷の急務を知り、また水戸志士の熱烈不羈な能動性に感奮した。……回天の原動力は水戸にある。水戸へいって藤田彪に会い、尊王論を倒幕にまで持ってゆかなければならぬ理由を説こう。兵馬はそう心にきめた。父の死によって御届方という役名だけは継いでいたが、実際には無役だったので、かれは江戸へのぼって昌平黌へ入学することを願い出た。