Classici giapponesi con furigana
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うたよみにあたうるしょ
歌よみに与ふる書
正岡 子規
Leggi 歌よみに与ふる書 (うたよみにあたうるしょ) di 正岡 子規 (まさおかしき) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 17.419 caratteri · 35 schermate
云々とあるはいかに。生は客観的にのみ歌を詠めと申したることは無之候。客観に重きをおけと申したることもなけれど、この方は愚意に近きよう覚え候。「皇国の歌は感情を本として」云々とは何のことに候や。詩歌に限らずすべての文学が感情を本とすることは古今東西相違あるべくも無之、もし感情を本とせずして理屈を本としたるものあらばそれは歌にても文学にてもあるまじく候。ことさらに皇国の歌はなど言わるるは例の歌よりほかに何物も知らぬ歌よみの言かと被怪候。「いずれの世にいずれの人が理屈を読みては歌にあらずと定め候や」とは驚きたる御問に有之候。理屈が文学に非ずとは古今の人東西の人ことごとく一致したる定義にて、もし理屈をも文学なりと申す人あらばそれは大方日本の歌よみならんと存候。
客観、主観、感情、理屈の語につきてあるいは愚意を誤解被致居にや。全く客観的に詠みし歌なりとも感情を本としたるは言を竢たず。例えば橋の袂に柳が一本風に吹かれて居るということをそのまま歌にせんにはその歌は客観的なれども、もとこの歌を作るというはこの客観的景色を美なりと思いし結果なれば感情に本づくことはもちろんにて、ただうつくしいとか奇麗とかうれしいとか楽しいとかいう語を著くると著けぬとの相違に候。