Classici giapponesi con furigana
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ほうねんぎょうでん
法然行伝
中里 介山
Leggi 法然行伝 (ほうねんぎょうでん) di 中里 介山 (なかざとかいざん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 66.110 caratteri · 131 schermate
三十四
信濃の国の御家人角張成阿弥陀仏という者が力者の棟梁として最後の御伴であるといって御輿をかついだ。同じようにして従う処の僧が六十余人あった。
法然は一代の間、車馬、輿などに乗らず常に金剛草履をはいて歩いていたが、今は年もとった上に何分長途のことであるから、輿に乗せられたのである。
何しても絶代の明師が不測の難に遭うて遠流の途に上るのだから、貴賤道俗の前後左右に走り従うもの何千何万ということであった。
それにしても土佐の国までは余りに遠い。月輪禅定の骨折りによって、その知行国である讃岐国へ移されるように漸く嘆願が叶ったのである。月輪殿は歌を詠んで名残りを惜しまれた。
ふりすててゆくはわかれのはしなれど
ふみわたすべきことをしぞおもふ
法然の返辞、
露の身はここかしこにてきえぬとも
こころはおなじ花のうてなぞ
鳥羽の南の門から川船に乗って下ることになった。
摂津の国経の島に着いた。ここは平の清盛が一千部の法華経を石の面に書写して海の底へ沈めたところである。島の老若男女が多く集って、法然に結縁した。
播磨の国高砂の浦へ着いた時も多くの人が集まって来た中に、年七十余りになる老翁が六十余りの老女を連れて、