Classici giapponesi con furigana
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ぼくとうきだん
濹東綺譚
永井 荷風
Leggi 濹東綺譚 (ぼくとうきだん) di 永井 荷風 (ながいかふう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 57.666 caratteri · 114 schermate
じっと顔を見詰められたので、わたくしは再び妙に不安な心持がした。まさかとは思うものの、何だか奥歯に物の挾まっているような心持がして、此度はわたくしの方が空の方へでも顔を外向けたくなった。
表通りのネオンサインが反映する空のはずれには、先程から折々稲妻が閃いていたが、この時急に鋭い光が人の目を射た。然し雷の音らしいものは聞えず、風がぱったり歇んで日の暮の暑さが又むし返されて来たようである。
「いまに夕立が来そうだな。」
「あなた。髪結さんの帰り……もう三月になるわネエ。」
わたくしの耳にはこの「三月になるわネエ。」と少し引延ばしたネエの声が何やら遠いむかしを思返すとでも云うように無限の情を含んだように聞きなされた。「三月になります。」とか「なるわよ。」とか言切ったら平常の談話に聞えたのであろうが、ネエと長く引いた声は咏嘆の音というよりも、寧それとなくわたくしの返事を促す為に遣われたもののようにも思われたので、わたくしは「そう……。」と答えかけた言葉さえ飲み込んでしまって、唯目容で応答をした。
お雪は毎夜路地へ入込む数知れぬ男に応接する身でありながら、どういう訳で初めてわたくしと逢った日の事を忘れずにいるのか、それがわたくしには有り得べからざる事のように考えられた。