Classici giapponesi con furigana
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
Leggi 下谷叢話 (したやそうわ) di 永井 荷風 (ながいかふう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 122.971 caratteri · 246 schermate
鷲津次郎長世より凡十三世を経て、鷲津九蔵宗範なるものが天正十三年八月越中の国の合戦に前田利家に従い深手を蒙り、後に志津ヶ岳の戦に手柄をなした。九蔵宗範の後嗣を鷲津長右衛門光敏という。光敏の後に同じく長右衛門光敏と名付けられたものが二代つづいて、その次男に名を幸八、諱を応と称するものがある。『尾張名所図会』に言う所の博学多材の学者鷲津幽林は即この幸八である。わたくしの見た鷲津氏系譜は何の時何人の作ったものかを詳にしない。三島中洲の撰した碑文と『尾張名所図会』の記事及び鷲津氏系譜の三種とを比較するに各異同がある。しかし武弁の家から読書人を出したのは幽林応に始ったことは三者の言うところ皆同じである。
鷲津幽林の生涯はその三男松隠の撰んだ行状によってほぼ窺い知ることができる。行状に曰く、「先生ハ尾人ナリ。幼ニシテ学ヲ好ミ精力人ニ絶ス。年十三、業ヲ佩蘭先生ニ受ク。年二十二、京ニ適キ丹丘梅竜両先生ノ門ニ遊ブ。常ニ先生ニ代ツテ経ヲ講ジ業ヲ授ク。諄諄トシテ倦マズ。弟子相イツテ曰ク明鏡ハ照シテ疲レズ清流ハ風ニ攘レズトハ鷲子ノ謂カト。頃之ニシテ妙法院親王ノ召ニ応ジテ侍読トナル。