Classici giapponesi con furigana
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みょうじのはなし
名字の話
柳田 国男
Leggi 名字の話 (みょうじのはなし) di 柳田 国男 (やなぎたくにお) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 23.823 caratteri · 46 schermate
熊谷・吉川及び九州の諸家
これおそらく出羽の方は新開で芸州の方はすでに開けておったがためであろう。甲州の武田は、釜無川の上流に名字の地があったがための武田であるけれども、そのある者は上総に移住し、またある者は若狭に移住してもやはり武田を名乗っている。その一族の南部家は、同じ河の下流の駿河に接したる南部村を領して家の名を得たのであるが、奥州の北端に移住してもなお南部を唱えている。同じ国の小笠原家は、阿波に移住しては三好氏となったけれども、信州に移ったものはいつまでも小笠原家であったのです。
熊谷・吉川及び九州の諸家
武蔵の熊谷に住んでおった蓮生入道の一族は、安芸国に引き移っても相変らず熊谷で、その子孫が非常に繁殖して今日まで残っている。足利将軍義政の時代に諫言を上って領地を失った熊谷某は近江の熊谷である。また今日は毛利家の親族となっておらるる吉川家は、元駿州の庵原郡の住人で、梶原景時が鎌倉を逃げて西に走る時に、狐ヶ崎でこれを攻め殺した吉香の小次郎はその祖先である、たしかこの時の感賞に芸州を貰ったかと記憶している。
九州には源平戦後の移住武士がほかにもたくさんあって、菊池とか原田とかはそれ以前から、九州の地名を家号としている旧家であるけれども、大友は相州の大友であるし、伊東は伊豆の伊東で、前に挙げた吉川家とともに狩野家の分れである。