Classici giapponesi con furigana
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おうしゅうにおけるみたちふじわらし
奥州における御館藤原氏
喜田 貞吉
Leggi 奥州における御館藤原氏 (おうしゅうにおけるみたちふじわらし) di 喜田 貞吉 (きたさだきち) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 17.211 caratteri · 34 schermate
云云。
とある。しかもまた十七日条には、
伝聞、秀平為レ責二頼朝一、軍兵二万余騎出二白河関外一。因レ茲武蔵・相模武勇之輩、背二頼朝一了。仍頼朝帰‐二住安房国城一了云云。
などと都合のよい風聞を記し、四月二十一日の条には、頼朝が秀衡の女を聚るべき約束をなし、いまだそのことを遂げず、関東諸国一人として頼朝の旨に乖く者なしなどと、全く反対の風聞なども見えている。木曾義仲が北国より京都に入りて、平家西海に没落するや、多年田舎にのみ生い立って毫も都の手ぶりに慣れず、武骨一遍のみの彼義仲は、戦勝の武勇に心驕りて公家に対して傲慢なる挙動が多かったのみならず、大兵を京都に擁してその糧食の供給に苦しみ、所在掠奪をほしいままにして、はては農民の青麦を刈りて馬糧に供するに至ったので、たちまちにして上下の怨府となった。法皇は頼朝の来ってこれを伐たんことを御希望になる。義仲、法皇を法住寺殿に囲み、ついにこれに逼り奉りて征東大将軍の宣旨を得て頼朝討伐の準備をする、遠く秀衡にまで院宣を申し下して頼朝を夾撃せんとする。『吉記』寿永二年十二月十五日の条にそのことが見えているのである。