Classici giapponesi con furigana
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おうしゅうにおけるみたちふじわらし
奥州における御館藤原氏
喜田 貞吉
Leggi 奥州における御館藤原氏 (おうしゅうにおけるみたちふじわらし) di 喜田 貞吉 (きたさだきち) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 17.211 caratteri · 34 schermate
言うまでもなく毛人とはアイヌ族のことである。しかして秀衡は実にその父祖の業をついで、その夷類らの上頭におり、毛人の域を管領していたものである。
文治五年藤原氏滅んで、頼朝は葛西清重をして奥州を管領せしめた。しかもこの夷地には普通の行政を施すことが出来難い事情があったものと見え、同年十月一日の国府庁の張紙には、「国中の事に於ては秀衡・泰衡の先例に任せ、其の沙汰を致すべきものなり」と示されたものであった。しかるに出羽において留守所の吏員は従来の慣例に背き、地頭の間田を検出しようとしたので、ために地頭らの愁訴となり、同月二十四日大江広元の名をもって、出羽留守所宛に左の命令が執達された。
当国※(「てへん+僉」、第3水準1-84-94)注之間、可レ被レ倒二所々地頭間田一之由事、尤驚聞食。於二出羽陸奥一者依レ為二夷之地一、度々新制にも除訖、偏守二古風一更無二新儀一。然者件間田等、何被二停廃一哉。有二公田一之外間田者、如二年来一にて不レ可レ有二相違一之旨、依二鎌倉殿仰一執達如レ件。
十月廿四日前因幡守
出羽留守所
奥羽両国に対しては鎌倉の武威をもってしても、実際特別行政の必要があったのだ。