Classici giapponesi con furigana
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りりょう
李陵・山月記・弟子・名人伝
Leggi 李陵・山月記・弟子・名人伝 (りりょう) di Nakajima Atsushi (中島 敦) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 65.013 caratteri · 129 schermate
日が暮れて宿がなく、路傍の廃寺に泊まることに相談が一決するときでも、三人はそれぞれ違った考えのもとに一致しているのである。悟空はかかる廃寺こそ究竟の妖怪退治の場所だとして、進んで選ぶのだ。八戒は、いまさらよそを尋ねるのも億劫だし、早く家にはいって食事もしたいし、眠くもあるし、というのだし、俺の場合は、「どうせこのへんは邪悪な妖精に満ちているのだろう。どこへ行ったって災難に遭うのだとすれば、ここを災難の場所として選んでもいいではないか」と考えるのだ。生きものが三人寄れば、皆このように違うものであろうか? 生きものの生き方ほどおもしろいものはない。
孫行者の華やかさに圧倒されて、すっかり影の薄らいだ感じだが、猪悟能八戒もまた特色のある男には違いない。とにかく、この豚は恐ろしくこの生を、この世を愛しておる。嗅覚・味覚・触覚のすべてを挙げて、この世に執しておる。あるとき八戒が俺に言ったことがある。「我々が天竺へ行くのはなんのためだ? 善業を修して来世に極楽に生まれんがためだろうか? ところで、その極楽とはどんなところだろう。蓮の葉の上に乗っかってただゆらゆら揺れているだけではしようがないじゃないか。