Classici giapponesi con furigana
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まきのとみたろうじじょでん
牧野富太郎自叙伝
牧野 富太郎
Leggi 牧野富太郎自叙伝 (まきのとみたろうじじょでん) di 牧野 富太郎 (まきのとみたろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 94.045 caratteri · 185 schermate
〔十一〕養生訓、処世訓と曰ったもの
〔十二〕近什近詠
余ガ年少時代ニ抱懐セシ意見
まことに生まれつき善いものが好きであったと一人歓び勇んでいるのです。そしてそれは疑いもなく私一生涯の幸福であると会心の笑みを漏しています。従って敢て世を呪わず、敢て人をば怨まず、何時も心の清々しい極楽天地に棲んでいるのです。
〔十一〕養生訓、処世訓と曰ったもの
前にも陳べた通り私は体が至って健康な故に、別に養生訓というものに、ついぞ注意を向け心を労した事がありません。つまりいわゆる養生に無関心な訳で、私の体にはその養生というものに対して心配する程な、欠陥がないからです。故に畢竟敢て気に留めないのです。また処世訓も同様で、私は敢て世態に逆らわずに進退し、常にそれに順応して行く故に、特にいわゆる処世訓というような題目に心を配ってそれをとやかく論じ理窟をいって見た事は一度もありません。
〔十二〕近什近詠
拙なき近詠を左に、
いつまでも生きて仕事にいそしまん、
また生まれ来ぬこの世なりせば
何よりも貴とき宝もつ身には、
富も誉れも願わざりけり
余ガ年少時代ニ抱懐セシ意見
左の一篇は私が年少時代にわが郷里土佐高岡郡佐川町の自宅に於てその当時私の抱懐していた意見を書き附けたもので、「赭鞭一撻」