Classici giapponesi con furigana
ja-reading.com
Leggi i classici giapponesi online con furigana. Filtra per livello JLPT, tocca una parola per il significato e traduci una frase.
まきのとみたろうじじょでん
牧野富太郎自叙伝
牧野 富太郎
Leggi 牧野富太郎自叙伝 (まきのとみたろうじじょでん) di 牧野 富太郎 (まきのとみたろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 94.045 caratteri · 185 schermate
今日わが植物界の人々は何故か余り植物の方言には重きをおいていないように感ずる。何んとなればその方面に努力している熱心家を見受けないからである、がしかし、この植物方言の調査研究は決して放漫に附してはならない程重要なものである。これは民衆が植物の実物について実際に呼んでいる名であるのだから、その点から観ても民衆がそれに注意を向けてそれだけ知識を働かせている証拠になる。故に方言が沢山にあればあるほどその国の民俗文化の度が進んでおり且つ開けている幟印であるといえる。すなわち人々がそれだけ注意力、思考力を使用しているからである。そしてその智能の結果から生まれ出たこの方言を死滅させ葬り去らせて顧みぬ事は国の文運として許されない事で、強いてこれを等閑視するのは取りも直さず民衆思想の趨向を殺すものというべきだ。つまりかくの如く必要に応じて自然に生まれ来た正しい事柄は、何時までもこれを生かし且つ育て上ぐべき義務を常に吾人は荷うている筈でないか。
子供などのいう方言にはその意味に頗る興味を帯びるものがあり、従って子供の頭に閃めくその知識も察知せられる。例えばスベリビユをヨッパライグサというが如きまことに面白く、それは子供がその茎をしごき、漸次に赤色を呈せしめてこれを酔漢に擬し酔ッパライ草と呼んで遊ぶの類である。