Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

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きつね

狐

永井 荷風

Leggi 狐 (きつね) di 永井 荷風 (ながいかふう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 9770 caratteri · 20 schermate

Aozora Bunko

敢て私のみではない。盗難のあった其れ以来、崖下の庭、古井戸の附近は、父を除いて一家中の異懼恐怖の中心点になった。丁度、西南戦争の後程もなく、世の中は、謀反人だの、刺客だの、強盗だのと、殺伐残忍の話ばかり、少しく門構の大きい地位ある人の屋敷や、土蔵の厳めしい商家の縁の下からは、夜陰に主人の寝息を伺って、いつ脅迫暗殺の白刄が畳を貫いて閃き出るか計られぬと云うような暗澹極まる疑念が、何処となしに時代の空気の中に漂って居た頃で、私の家では、父とも母とも、誰れの発議とも知らず、出入の鳶の者に夜廻りをさせるようにした。乳母の懐に抱かれて寝る大寒の夜な夜な、私は夜廻の拍子木の、如何に鋭く、如何に冴えて、寝静った家中に遠く、響き渡るのを聞いたであろう。ああ、夜ほど恐いもの、厭なものは無い。三時の茶菓子に、安藤坂の紅谷の最中を食べてから、母上を相手に、飯事の遊びをするかせぬ中、障子に映る黄い夕陽の影の見る見る消えて、西風の音、樹木に響き、座敷の床間の黒い壁が、真先に暗くなって行く。母さんお手水にと立って障子を明けると、夕闇の庭つづき、崖の下はもう真暗である。私は屋敷中で一番早く夜になるのは、古井戸のある彼の崖下……否、夜は古井戸の其底から湧出るのではないかと云う感じが、久しい後まで私の心を去らなかった。