Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

ja-reading.com

Leggi i classici giapponesi online con furigana. Filtra per livello JLPT, tocca una parola per il significato e traduci una frase.

わたしのはは

私の母

堺 利彦

Leggi 私の母 (わたしのはは) di 堺 利彦 (さかいとしひこ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 5425 caratteri · 11 schermate

Aozora Bunko

私の母、名は琴、志津野氏、父より二つの年下で、父に取っては後添えであった。父の初めの妻は小石氏で、私の長兄平太郎を残して死んだ。そのあとに私の母が来て、私の次兄乙槌と私とを生んだ。私の母が私を生んだのが四十二歳の時、兄を生んだのが三十八歳の時だったはずだから、思うに、母は三十六、七歳の時、堺家にとついだものだろう。

かように母はずいぶんの晩婚であった。それには理由がある。もっとも、そんなことは、私が大人になってから独りで自然に考えついたことで、誰に話を聞いたのでもなく、また少年の頃は全く何の気もつかずにいたことである。母は甚だしいジャモクエであった。その頃の人としては、「キンカ上品、ジャモ柔和」というコトワザがあった位で、一通りのジャモなら一向問題にならなかったのだが、母のジャモはかなりひどかった。鼻の穴が片方はほとんど塞がっており、鼻筋は全く平らに押しつぶされていた。女としてそういう顔容になった以上、まず嫁入りは六かしいはずである。ただ、私の父が女房に死なれて貧乏世帯に子供をかかえて当惑した時、そこにほぼ双方の境遇が平均したものと考えられる。