Classici giapponesi con furigana
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わたしのはは
私の母
堺 利彦
Leggi 私の母 (わたしのはは) di 堺 利彦 (さかいとしひこ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 5425 caratteri · 11 schermate
しかしそのおもちゃでは満足が出来なかったと見えて、後にはお隣りから本物を借りて来て、二人でツンツン言わせていたこともある。その歌、「高い山から谷底見れば」「摺り鉢を伏せて眺めりゃ三国一の」などはあえて奇とするに足りないが、「芝になりたや箱根の芝に、諸国諸大名の敷き芝に、ノンノコセイセイ」「コチャエ、コチャエは今はやる、若い衆が、提灯雪駄でうとてゆく」などの古色に至っては、けだし読者の一粲を博するに足りるだろう。
母は滅多に外出しなかったので、たまに前の山に千振摘みなどに行く時、私らはそれを大変な珍しいことのようにして、そのあとについて行った。母は千振を摘んでは蔭干しにしておいて、毎朝それを茶の中に振りだして飲むのであった。千べん振ってもまだ苦いと言うのが恐らくその名の出処であろう。私もいつかその真似をして、あの苦い味わいを、何か少し尊い物のように思っていた。後に私が人生のある事件を批評する時、「苦底の甘味」という言葉を用いたことがあるが、それは千振の味に思い寄せたのであった。また千振という草のツイツイと立っている姿、あのささやかな白い花の形などが、何とも言われぬしおらしさを私に感じさせた。