Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

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ききがきしょう

聞書抄

谷崎 潤一郎

Leggi 聞書抄 (ききがきしょう) di 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 108.821 caratteri · 210 schermate

Aozora Bunko

こゝで一寸、「聞書」の内容を離れて註釈を入れるが、今此の娘と乳母の前に現れた順慶と云う行者が当時実在したことは他の文献にも記載がある。その頃、順慶の小屋のあった場所、即ち三条河原には「秀次悪逆塚文禄四年七月十四日」と刻した一箇の石塔が立っていたが、順慶はその側に草庵を結び、あさゆう秀次が一族の菩提を弔うていた者だと云う。右の石塔の下には豊臣秀次の首、及びその子女や妻妾等の遺骸が葬られていたのであって、それは文禄四年の秋、秀次の遺族たち数十人が首を刎ねられた地点であった。京都瑞泉寺縁起に依れば、順慶の歿後、此の石塔は洪水のために崩れてしまい、跡を訪う者もなかったのを、慶長十六年角倉了以が高瀬川を開くに当ってその荒廃せるを哀れみ、新たに塚を営んで石塔の「悪逆」の二字を削った。且角倉氏は誓願寺の中興教山上人を請じて導師とし、死者に各法号を授けて無縁塔に刻し、大佛殿建築の残材、聚楽第の建物を譲り受けて一寺を創建し、幕府の許可を得て慈周山瑞泉寺と号した。今の瑞泉寺が即ちその舊跡であって、往昔は加茂の河原がそんなにひろがっていたのである。ところで、順慶が何故に秀次一族の墓守となったかはこれから後に説くであろうが、「聞書」