Classici giapponesi con furigana
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おやはながめてかんがえている
親は眺めて考えている
金森 徳次郎
Leggi 親は眺めて考えている (おやはながめてかんがえている) di 金森 徳次郎 (かなもりとくじろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 14.403 caratteri · 29 schermate
綜合的な意味においては、父は子よりもまさるかも知れぬ。また社会的に発達している伝統的権威によって、父は子をある程度まで圧迫することは出来得る。しかし本筋から言って、ある年齢たとえば成年近くなれば、子に対して、知能識見等について相当敬意を払う場合があり得る。親のもつ経済力を転用して、子の有する知識能力を軽視せんとする事は不条理である。
博雄を見ていると、職工的素質において遥かに父を越えている。職工的素質とは言葉通り個々の雑技術である。釘を打ったり、箱を作ったり、ラジオを組んだり、電蓄を動かしたりする技術である。これと伴って、小さな小手さきの手品を演ずる腕のさえの萌芽もある。この性質は、将来何に適するであろうか。竜の落し子は、竜にはならないのであって、この種の職工的性能が、器用貧乏を生み出すだけのものではないか。少し気にならぬことはない。
元来私自身が大物になり得ない性質をもち、同時に小物にもなり得ない性質をそなえ、余程恵まれた環境でなければ、利用価値のない人間なのだが、博雄はこの小物性を特にもつことは、父より優れりとすべきか否か、将来の問題だ。
博雄は、一種の独断的反抗性をもっている。