Classici giapponesi con furigana
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おやばかにゅうどうき
親馬鹿入堂記
尾崎 士郎
Leggi 親馬鹿入堂記 (おやばかにゅうどうき) di 尾崎 士郎 (おざきしろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 12.182 caratteri · 24 schermate
夫婦の情
私は、そのときまで娘の成長を、ほとんど意識の上においていなかった。その成長過程についても、いちいち考えてやることのできないような気忙しい生活である。時代も環境も、また戦争一本によってうごいていたときだったので、風に吹きまくられるような慌しい気持で、大陸へ従軍したり、徴用をうけてフィリッピンへ行ったりしているうちに小刻みな時間が流れるように過ぎてしまった。そこへ、だしぬけに十六年ぶりで長男が生れたのである。
夫婦の情
私にとっては、まったく一つの奇蹟であった。長男が生れたのは、終戦後、追放をうけて、だしぬけに空虚閑散な境遇に落ちつき、残る人生について、本気で考えねばならぬような状態に立ちいたったときである。十余年前、『親馬鹿の記』を書いたときの私には、まだ心のゆとりがあり、自嘲的な言葉にも、人生を諷刺するだけの稚気があった。
しかし、今となると、そうではない。自分が追放中に生れたということにも多少の感慨はあったにもせよ、むしろこの世に生をうけた小さな生命に対する愛情の切なさだけが止みがたきものに変っているのである。
それは病躯を支えて、ともかくも此処まで生きのびてきた自分が、もはや青春の仮説の外に遠くはみだしていることを意味する。