Classici giapponesi con furigana
ja-reading.com
Leggi i classici giapponesi online con furigana. Filtra per livello JLPT, tocca una parola per il significato e traduci una frase.
いっさのしょ
魯山人書論
北大路 魯山人
Leggi 魯山人書論 (いっさのしょ) di 北大路 魯山人 (きたおおじろさんじん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 4161 caratteri · 11 schermate
春屋の書について
春屋は大徳寺の名僧で、慶長十六年示寂している。
高僧の墨蹟には能書が多い。儒者の書には存外能書がない。これは仏教と儒教の影響する現象である。同じ高僧でも鎌倉以上に溯っては、いよいよ能書が多い。宗園春屋は慶長であるから、ぼつぼつ高僧の影を没する時期だ。春屋のような天真爛漫な、しかも見識のある書を書くものは、それ以後江月欠伸子、深草の元政、ずっとおくれて良寛があるくらいのものであろう。
僧侶の書は、宗教から悟りを得た産物ではあるが、それでも僧侶の臭さがあり、型がある。この臭さと型のあるものは、未だ悟り切らざるものといっていい。その中に、前記の名僧たちが悟った、いわゆる臭くない能書を遺していることは、充分注視しなければならない。
宜なる哉。已にそれらの能書は、多くある高僧墨蹟の中から特に喧ましい存在となっている。しかるにそれらの書が、今の書道界に果して喧ましい存在となっているであろうか。遺憾にも世上のいわゆる近代書家なる者は、これらの書に対しては殆ど認識不足であるようだ。いやいや彼等は認識しているつもりであるかも知れない。
“拙い書だ”と。
“どうしてこんな書が貴ばれているのだろう”と。