후리가나로 읽는 일본 고전
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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면
の人々の間では有家一人が加えられただけであった。
政治上では通親に押されていても、後京極摂政良経は、当代屈指の歌人だし、叔父慈円もそうである。その下には俊成・定家がついている。家隆は俊成門で定家の友人、隆信は定家の異父兄で寂蓮の友人、その寂蓮は出家前俊成の養子になっていたことがあるのも、諸君のすでに記憶される通りである。それから、前には出なかったが雅経も定家の門人であった。清範・家長は院の近臣で、秀能は歌熱心で御寵愛になった北面の武士だから、これらは院の御手もとの者たちといえるが、このように数は多くない。大部分の人たちはみな良経側で、良経・慈円を上に立てて俊成・定家を中心にして、歌風も生活も大体共通の者たちであった。それに後鳥羽院は歌の方では良経と大へんよく御心持があっておられたことが『増鏡』に見えているし、良経の歌才を高く見ておられたことも、『後鳥羽院御口伝』に明らかに記されている。そんなわけで、この一派の人は轡をならべて和歌所に列した。後鳥羽院の御好みが和歌所の歌風をこのようにして俊成・定家の御子左流に色づけたのである。
『新古今』撰者はそうした中から更にえらばれて、通具・有家・定家・家隆・雅経・寂蓮の六人が仰せを蒙り、事務は万事良経が鞅掌したと『増鏡』