일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ちゅうせいのぶんがくでんとう

中世の文学伝統

風巻 景次郎

風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면

아오조라 문고

十二

に撰者となったので、中世歌壇ではさまで大きな家筋ではない。また西園寺家も歌の筋といわれているし、実氏の弟実雄の筋に出た小倉流も歌の家といわれている。しかし歌の家としてはやはり、俊成・定家・為家の御子左三代が築いた流派にかなうものはなかったのである。

為家に『為家集』がある。写本で伝わり、江戸時代の木版の刊本もあるが、何時頃できたものかよく分らぬ。『為家千首』や『宝治百首』などをのぞいて、その他の歌を分類整理し、よくととのった集になっている。しかし、為家の風体を見るには『為家千首』『宝治百首』『続後撰集』がよいと後の世からいわれたのである。また彼には『詠歌一体』(八雲口伝)がある。

註 為家については石田吉貞氏「藤原為家論」(『国語と国文学』昭和十三年八月)、「藤原為家伝」(『国学院雑誌』昭和十四年三・四月)が立派である。

十二

為家の室宇都宮頼綱女には為氏・為教があった。しかし晩年安嘉門院四条を後妻として、為相を生んだ。ほかにも子はあるが、問題はこの三者から生じる。

定家、為家の後の系譜の図

為家薨去の建治元年には、為氏五十四、為教三十七、為相十三である。