일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ちゅうせいのぶんがくでんとう

中世の文学伝統

風巻 景次郎

風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면

아오조라 문고

ところが八月六日後堀河院が崩御されたので、悲歎の余り翌七日庭上に草本廿巻を置いて焼き棄ててしまった。その後十月になって、九条道家が院の御手もとに奉ってあった草本を尋ね出して、定家に完成を命じたので、引きつづきそれに従事し、翌嘉禎元年三月十二日に完成して奉った。名筆行成卿の子孫である世尊寺行能の清書で、全二十巻、流布本によれば歌数一千三百七十六首。歌数がこのように減じているのは、道家が草本を院の御所から尋ね出して定家に交付した翌月、十一月頃に定家自ら九条家に赴いて道家・教実父子に草本を示したところ、用捨の事ありというので、百首あまり切り棄てられた。その結果が形の上にあらわれたものである。

定家の一ばん心を使ったのは後鳥羽院をはじめ奉り、三上皇の御歌を如何にするかということであったに違いない。ちょうど撰集の進行中に、前に触れた後鳥羽院の『遠島御歌合』の料の歌を家隆の手もとからまとめて御送りするようなこともあって、定家は相当神経をつかっている模様だった。また特に力量抜群の三上皇の御歌を入れなければ歌集の体を成さぬし、家隆や如願法師(秀能)など後鳥羽院の寵遇を蒙った歌仲間の思わくも如何である。