후리가나로 읽는 일본 고전
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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면
(『続群書類従』)が行われた。為家・為氏・実氏・基家・家良・行家・寂西(信実)の七人が百首を詠んだので『七玉集』といわれている。ところでこれより足かけ三年前、正元元年に、為家は二度後嵯峨院の院宣によって撰集すべき旨を承っていたが、弘長二年になって、急に基家・家良・行家・光俊の四人が撰者に加えられた。はじめ三人は『弘長百首』の作者だが、後の藤原光俊は出家して弁入道真観といった人、為家に学んだのであるが、後異風を樹てて、為家を不快がらせた。後嵯峨院の皇子の将軍宗尊親王の御師範として、鎌倉へ行っていたので、その筋の力によって撰者の中に加えられた。家良が途中で世を去ったので、四人の共撰で、文永二年十二月二十六日に奏覧した。『続古今和歌集』がこれである。
為家の反対派は、右の蓮性と真観とが筆頭であるが、ほかにも歌道の家筋はあった。まず飛鳥井であるが、これは定家の門弟飛鳥井雅経にはじまって、教定・雅有と来、雅有は『隣女和歌集』(『群書類従』和歌部)を残し、『嵯峨の通ひ路』を書いて、為家に『源氏物語』を学んだことなどを記している。それから四世の孫雅世がはじめて最後の勅撰集の『新続古今集』