후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면
しかしすばらしい富豪であったということが悪左府頼長の日記の『台記』にしるされている。だから山寺にこもっても世捨人の心を清くするための隠棲であって、決して宗教の社会に翼をひろげようとして大僧正をねらうというような、野望に燃える学侶たちとはちがうのだから、その山棲みが案外のんびりとしていたろうし、決してまた、世にいう乞食坊主でもなかった。いわば僧形に身をやつした風流の隠士だったのである。
彼の前半生は全く不明である。出家は二十三歳のとき、崇徳天皇の保延六年で、真言宗である。出家後しばらく京都近くに居り、それから伊勢へ行ってしばらく住んだらしく、それから東海道を奥州まで旅した。また京近くへ帰ってきて、三十代に熊野、高野山及び天野山、吉野山にこもった。これが修業時代で、五十代に入ると、西国の旅に出た。備前から四国にわたり、おもに讃岐にいて、筑紫まで行ったようだ。六十九歳になって再び伊勢に行き、そこから東海道を鎌倉に出て頼朝に謁し、はるか奥州平泉まで藤原秀衡に会いに行った。旅から帰ったのは翌文治三年七十歳のときで、しばらく京の近くにいて、それから河内の弘川寺に入った。