일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ちゅうせいのぶんがくでんとう

中世の文学伝統

風巻 景次郎

風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면

아오조라 문고

醍醐の末寺で古義真言宗の寺である。

願はくば花のもとにて春死なむその二月の望月の頃

という歌は死の一、二年前に詠んで、仲間の間に知られていたが、望みのごとく文治六年二月十六日弘川寺で世を終ったことが知れると、京都の歌人の間には西行の死にふかい反響がおこった。七十三歳であった。

西行を旅の詩人などいうときに、普通に一生を漂泊にすごした乞食坊主のように考える考え方は、現在限り改めなくてはならない。彼は当時の公家一般の尺度からいえば非常によく旅をした。けれども乞食坊主でもないし、一生漂泊したのでもない。それは当時の源氏平氏の者たちでいえば、このくらいの旅は何でもなくなっていた。つまり日本人にとって、その世界は次第にひろくなりつつあったのである。たとえば鳥羽院頃から後鳥羽院にかけて、歴代の上皇方はしばしば熊野へ詣でられるようになって、一生の中には数十回に及んだお方もある。上皇の御幸であっても、お供の公卿たちは急造の庵に草枕することもあったのだが、それにしてもこうした交通の自由感の生れてきていたことが、一介の隠者にも世界を股にかけさせることが出来たのであった。