일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ちゅうせいのぶんがくでんとう

中世の文学伝統

風巻 景次郎

風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면

아오조라 문고

これにはどうしても、臣家たちだけが撰集の全責任を負うときには、恐らくは敢てし得ないような思い切った英断が感じられるのであって、『増鏡』の「おどろの下」に記されているように、

各々奉れる歌を院の御前にて自らみがきととのへさせ給ふ様、いと珍らしくおもしろし。この時も先に聞えつる摂政殿とりもちて行はせ給ふ。

というのは、『新古今』撰定の歴史事実として、うんと強く認めなくてはならない。このようにして、『新古今集』風体の決定は後鳥羽院の叡旨に出たものであったことが判るのである。

『新古今集』の成立には、後鳥羽院のお心が絶対のものとして働いている。したがって、後白河院政の末年から、後鳥羽院御在位の間は、京都には歌壇というものはまだ結成されておらなかった。ただ六条家だの御子左だのの流派に集る歌人の群れは存したが、そうした歌の世界は、まだ一つの歌壇に結成されていなかった。京都宮廷を中心にして、新古今時代のはなやかな歌壇が生れたのは、全く後鳥羽天皇御譲位後、和歌所が設置されるにいたってからのことであった。だから上皇の御意志が働かなければ、到底『新古今集』は今のような形にはなり得なかったのである。