후리가나로 읽는 일본 고전
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「もくせい」ごうのなぞ
中谷宇吉郎集 第六巻
中谷 宇吉郎
中谷 宇吉郎의 中谷宇吉郎集 第六巻(「もくせい」ごうのなぞ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 130,784자 · 269화면
ところで問題は、自然を正しく観るため、また自己と外界との一致を感得するためには、どういう状態が最も適しているか、その点に説き及ぼさなければ、これもまた虚空の談に終る。その点について、魏子は「吾身の陰陽交加、生死始終の有様を観察証知すること」を勧めている。「耳目口の三宝、固塞して発揚する勿れ」と説いているのは、二千年後の今日のわれわれにとっても、少々耳の痛い言葉である。終日紛紜として、精神の外に身を馳せていては、「水濁つて影を映ぜず、鏡汚れて像全からざる道理で」生死一如どころの話ではない。ここで魏子は「都べて精神の外馳を避けて、純粋に吾が身内の自然の景像を観照する」ことを、提唱しているのであるが、ここに甚だ大切な問題がある。自ら我が精神を純粋に観照することによって、種々の情慾は消滅するのであるが、この場合に、小乗的教法における対治の法門の如きものは、全然含まれていない。小乗的教法では、例えば「婬慾に対しては之を治するに九相観不浄観を以てし、世間慾に対しては之を治するに虚妄観、乃至因縁観等を以て破却掃蕩するが、丹道では別に小治の法門を取らぬ。丹道はただ神を凝らし気を聚むることを主として」