후리가나로 읽는 일본 고전
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だいぼさつとうげ
大菩薩峠11
中里 介山
中里 介山의 大菩薩峠11(だいぼさつとうげ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 368,567자 · 720화면
西川鯉三郎が、江戸から名古屋へ入って来たのは、右の篠塚力寿が全盛時代であったことと思われる。
力寿の父は、鯉三郎が西川流の踊りを見て感嘆し、これを自分の家に留めて踊りの師匠をさせていたが、やがて二人は結婚して、ほどなく離婚し、力寿は京都円山へ移り住むことになった。
文久元年、力寿は再び京都から名府へ帰って来たけれど、その時、阪東秀代の勢力が隆々として、力寿はこれに圧倒されんとしていた。
阪東秀代は舞踊に於て、篠塚流を抜いたのみならず、安政四年、門弟を集めて女芝居の一座を組織し、その初興行を若宮で催したのが縁となって、名古屋の女優界に一つの機運を産み出した上に、中村宗十郎の妻となって、彼を一代の名優に仕立てたのは、その内助か、内教かの功多きによるという。
篠塚力寿が京から再び名古屋へ帰って来る。留守の間に自派の振わざるを見、阪東派の盛んなのを見て、いかなる感慨を懐いたか、それはわからないが、力枝、大吉、力代といったような弟子たちを集めて、女芝居を組織したところを以て見れば、多少の義憤と、敵愾心を持っていたことは争われないと思われる。
舞踊は西川流に併呑され、或いは合流されて行くうちに、この二人の花形がようやく老いゆきて、舞踊から女優方面に、進路を見つけようとした潮流はよくわかる。