일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ぎじゅつのてつがく

技術の哲学

戸坂 潤

戸坂 潤의 技術の哲学(ぎじゅつのてつがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 84,443자 · 164화면

아오조라 문고

観察自身の蓄積、即ち経験のより以上の再蓄積は、やがて更に一定の形式を要求する。観察は対象の時間乃至空間による変化(一般に運動と云っても好い)を記載するものだが、併しまだ諸変化を或るコンスタントな標準に照して記載するとは限らない。処が記載の目的から云っても、出て来るデータが過剰になって来ると、どうしても或る標準に照して之を整理する必要に迫られる。そこで観測(Surveying)が必要になって来る。――観測と云えば已に測定(Messung)(それは計量の物質化されたものである)を含んでいることは明らかだ。

経験―観察―観測。併し之はまだ、必ずしも対象に手を下さなくても出来ることだろう。処が人間の経験は元来決してそうした受動的なものではない。吾々は舌を動かさなければ味が判らないし、手を出さなければ手の触覚も生じない。眠っていては眼は見えないし、注意する意志がないと聴える音も聴えない。人間的経験の本質はいつも、どこまでも能動的であらざるを得ない。で経験は遂に実験(Experiment)にまで行かざるを得ないのである。蓋し実験とは、事物を変更・変革・乃至生産・消費・することによって、新しい知覚を得て、之によって認識し経験することに外ならないからである。