후리가나로 읽는 일본 고전
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ぎじゅつのてつがく
技術の哲学
戸坂 潤
戸坂 潤의 技術の哲学(ぎじゅつのてつがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 84,443자 · 164화면
それから相川氏は私が「観念的」=「主観的」、「客観的」=「物質的」と決めて了っていると云うが、それは多分部分的な説明を全般へ押して広め受け取ったことから来る誤解だろう。私は技術をまず主観的なものと客観的なものとに分ち、前者を観念的なものと物質的なものに分ち、後者を物質的なものにだけ振りあてた。つまり物質的技術には主観的技術と客観的技術とがあるわけである。で、ここからなぜ「観念的技術」という範疇が「観念論的」な規定になるのかは、私には理解出来ない。
又、物質的「技術の主観的モメントの本質」が、「道具又は機械という物質的で客観的な存在物との結合点」に見出される、と私が云ったのは不当で、本当の生きた「結合」は主観的要因たる労働力と労働手段との結合でしかないのだ、と相川氏は云うが、氏の主張の後の半分は私自身賛成で問題でないのであるが、併し私の問題にした「結合」はそういうことを云い表わすためでない。技術の主観的モメントと客観的存在(労働手段)との結合点に於て、技術の主観的モメントが初めて、相川氏の所謂主体的要因としての労働力の内容になるということを、私はあそこで云っているのである。