일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

吉川 英治의 新書太閤記(しんしょたいこうき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 187,757자 · 375화면

아오조라 문고

時、天正十一年四月十九日の夜――正確にいえば二十日というべきであろう。先鋒、先鋒本隊、中軍、監視隊などの総勢一万八千が、ひそかに各※(二の字点、1-2-22)その営からゆるぎ出した時刻は、まさに子の下刻(午前一時)の一点であったから――。

総軍は、大略、二手に分けられている。

中入りして、肉薄突撃にあたる先鋒及び先鋒本隊。これは各四千、合わせて八千の兵力を以て、集福寺坂から塩津谷へ降りてゆき、足海峠を越えて、余吾の西岸を、東へ東へと延びて行った。

また、それとべつに。

勝家の本軍をふくむ一万二千の主力は、牽制的な略を計って、まったく道を変え、北国街道に沿うて、徐々、東南下していた。要するに、この方面の進出は、中入りの佐久間盛政、不破彦三などの奇襲戦の成功を側面から扶け、同時に、他の敵塁のうごきを監視するという役割をもつものだった。

――で、この主力牽制軍のうち、柴田勝政の一隊三千人は、飯浦坂の東南に、旗甲を伏せて、敵の賤ヶ嶽方面のうごきを、じっと、監視していた。

前田利家父子の持ちは、塩津から堂木、神明山にわたる一線の警戒にあり、そのため前田隊の兵二千は、権現坂から川並村の高地茂山あたりにかけて駐まっていた。