일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんふどうき

日本婦道記

山本 周五郎

山本 周五郎의 日本婦道記(にほんふどうき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 11,170자 · 22화면

아오조라 문고

蒲生氏がまったく滅びてしまい、松平家から今そのように望まれるものを、なお「蒲生ならでは」と固持するのは頑迷か片意地に類する、――すなおに好意を受けるのが至当だ、こう決心したのであった。そして彼は食禄二百石で松平家に仕え、馬廻りとして勤めはじめた。

それからの春秋は平穏なもので、格別なにも記すような事はない、牧二郎は無事に成長した、十二歳のとき児小姓に上って、数年は江戸国許ともに側勤めだったが、十六歳になると学問武芸を修業するためいったん御殿を下り、二十歳で再び召し出された。そのときは小姓番支配心得で、父とは別に百石の役料を賜わった、新参者の子としてはかなり稀な殊遇である、「これで新沼の家も大丈夫だ」靱負はさすがに喜びの色が隠せなかった、「……思えばながい苦労であったが、これでどうやら苦労の甲斐があったと云える、今後はこれをどう生かしぬくかだ」彼は繰返しそれを牧二郎に云うのだった。

靱負は慶安二年五十三歳で死んだ。牧二郎は相続して父の名を襲い、その年の冬、同家中の菅原いねというむすめを妻に迎えた。その祝言の夜のことである、列席の客が去り、後片付けも終って、更けた夜空を渡る風の音が、冴えかえって聞えるほど家の中が鎮まったとき、牧二郎はおのれの居間へおかやを呼んで対坐した。