일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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おけはざまのかっせん

桶狭間合戦

菊池 寛

菊池 寛의 桶狭間合戦(おけはざまのかっせん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 12,784자 · 26화면

아오조라 문고

信長の崛起

信長の崛起

天文十八年三月のこと、相遠参三ヶ国の大名であった今川氏を始めとし四方の豪族に対抗して、尾張の国に織田氏あることを知らしめた信秀が年四十二をもって死んだ。信秀死する三年前に古渡城で元服して幼名吉法師を改めた三郎信長は、直に父の跡を継いで上総介と号した。

信秀の法事が那古野は万松寺に営まれた時の事である。重臣始めきらびやかに居並んで居る処に、信長先ず焼香の為に仏前に進んだ。

今からは織田家の大将である信長が亡父の前に立った姿を見て一堂の者は驚いた。長柄の太刀脇差を三五縄でぐるぐる巻にし、茶筌にゆった髪は、乱れたままである上に袴もはかないと云う有様である。そして抹香を一攫みに攫んで投げ入れると一拝して帰って仕舞った。信長の弟勘十郎信行の折目正しい肩衣袴で慇懃に礼拝したのとひき比べて人々は、なる程信長公は聞きしに勝る大馬鹿者だと嘲り合った。心ある重臣達は織田家の将来を想って沈んだ気持になって居たが、其中に筑紫からこの寺に客僧となって来て居る坊さんが、信長公こそは名国主となる人だと云ったと伝えられて居る。この坊さんなかなか人を見る目があったと云う事になるわけだが、なにしろ幼年時代からこの年頃にかけての信長の行状はたしかに普通には馬鹿に見られても文句の云い様がない程であった。