후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
びじゅつがっこうじだい
美術学校時代
高村 光太郎
高村 光太郎의 美術学校時代(びじゅつがっこうじだい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 7,454자 · 15화면
やがて学科目も変り時間なども変えられていった。それまでは学校の先生はお昼頃出てきて一時間もいるとさっさと帰宅したものであったが、それが一週間に二三度くらい出てきた先生も毎日来なければならぬように喧ましくなり、総て官吏服務規則に拠って勤めることになった。
親父がその話を聴いて帰り、何んでも官吏というものは大へん難しい規則があって、学校は朝も帰りも時間があってベルが鳴らないと帰れない。また官吏というのは自分の仕事というものをやってはいけないらしい、と言って僕に話したことがある。それを又親父はとても律儀に考えて、何もかも自宅でやる仕事は一切止めにしてしまった。
自分の仕事をすると何んでも規則違反だと考えて、一時親父は学校以外の個人的な制作はみんな断って終った。ところが規則はそれほどまでに厳重なものではないということが後で判り、また今迄のを取消して仕事を始めたりなど、実に滑稽であった。
その頃黒田さんなどが新しい西洋画を描く機運をつくり、白馬会が名乗りをあげたり、一方では太平洋画会などが人気があった。白馬会は当時既に相当の会員を擁しており久米桂一郎先生、黒田清輝先生、藤島武二先生、長原孝太郎先生などと、これらの会の出来たことは急速に洋画壇の進歩をもたらせた。