후리가나로 읽는 일본 고전
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しのげんり
詩の原理
萩原 朔太郎
萩原 朔太郎의 詩の原理(しのげんり)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 153,641자 · 305화면
さればいやしくも表現があり、芸術があるところには、必ず客観の観照がある。実に伊太利の美学者クローチェが言う如く、認識(観照)に無きものは表現に無く、表現に無きものは認識にないのである。吾人は知らないことを書き得ない。そして「知る」ということは、芸術上の言語で「観照」を意味するのだ。故に「観照」と「表現」とは同字義であり、したがってまたそれが「芸術」とイコールである。実に人間のあらゆる生活は、ひとしく常に考え、ひとしく悩み、ひとしく感じ経験している。しかも大多数は表現し得ず、芸術家のみが為し得るのは何故か。これ彼等にのみ恵まれたる特殊の才能、即ち所謂「芸術的天分」があるからである。
故に一切の芸術は、音楽であると美術であると、詩であると小説であるとを問わず、すべて皆観照によってのみ成立する。然るに観照されてるものは、その限りに於て客観的である故に、言語の純粋の意味に於ける主観――もしそうした言葉が言えるとすれば――は、芸術上に於て存在しないことが解るであろう。此処に於てか吾人は、表現としての主観主義と客観主義とが、どこで特色を異にするかを、さらに今一度考え直して見ねばならない。